一時帰国の機内で思う
- 2021年7月1日
- 読了時間: 2分
更新日:2 日前
日本の一時帰国で2年ぶりに飛行機に乗りました。
13時間のフライト中に思ったことが2つ。
1つは、子供は大きくなるんだなぁ、ということ。
7歳と3歳の子供たちは、機内でヘッドフォンをして座席にあるテレビを見ている。その姿を眺めながら、以前の大混乱を思い出しました。
2人がまだ小さい時は膝に乗せて…おけたら御の字。動きたくて仕方ない子供を連れて「すみません」と言いながら、通路を何度も往復したり、大きな声で泣く時は、小さなスペースで抱っこし続けたり。
それが今回は、私も映画を観る時間ができました。
観たのは『ノマドランド』。
リーマンショックで街の経済が悪化した上に、家族も失った女性が、車で生活しながら職を求めてアメリカを移動する。
原作の『ノマド:漂流する高齢労働者たち』の題名が内容をよく表しています。
金銭的にも年齢的にも厳しい現実に直面しながらも、出会う人々は、信念を持ってノマド生活を選んでいる。
映画を見終わった後、もう一度、リモコンを自在に操りながら座席で画面を見ている子供たちを眺める。私はこう思いました。
時間は流れていく。
時間とともに、赤ちゃんだった子供は
成長し、自立し、老いていく。
その間に、たくさんのものを手にしては、なくす。
それを繰り返すんだな、と。
ノマドランドの主人公は、家と夫を失った。それが手にある時、たった1人で車生活をしようと決意する日が来るとは思いもしなかっただろう。
私も同じだ。
今あるものが、ずっとあるとは限らない。
現に、膝の上の赤ちゃんは、もう彼らだけのシートに座っているのだから。
私は、私の人生を、自分で選択していきたい。
これまでもそうしてきたつもりだけれど、家族ができ、夫が海外駐在となり、私はその生活の中で生きてきた。
この生活は「枠」とも言える。その枠が、今の私の幸せであり、手にあるもの。しかし子供は自立し、我々は老いて、形を変えていくものでもある。
枠の中で何かをするという考えから、枠を自分仕様に広げていく。家と、家族と、もう一つの柱。
私にとっては、それがコーチという仕事でした。たとえノマドになったとしても、年齢や経験こそが価値になる。それが、私の理想であり、希望です…
そんなことを思っていたら、3歳の息子が「飽きた〜!」と騒ぎ始めた。まだ映画の余韻に浸るには、時間が必要のようだ。
これを書いているのは、日本の宿泊先。時間は早朝4時。
時差ぼけは、時に人をセンチメンタルにする。