日本で自分のルーツを再確認する
- 2021年7月3日
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更新日:2 日前
コロナ真っ只中の一時帰国。
2週間の隔離生活のため、自炊をしようと近くのお米屋さんでお米を買いました。
今いる場所は初めてですが、コンビニと並び、金物屋や米屋など、古き良き町並みが残っています。
初めて来る場所なのに、懐かしい。
不思議に思っていましたが、お米を買ったときふと思いました。
今は亡き祖父のいた町に似ている。
私は物心ついた時から、祖父と文通を続けてきました。幼少期には、絵が得意だった祖父が書いたキャラクターたちが、紙面にたくさん踊っていました。
そのうちに、毎回4、5枚にわたり文字がびっしりの手紙に変わっていきます。それに引っ張られるように、私も自分の気持ちや近況を、包み隠さずびっしりと書きました。
何かあると、まずはノートに自分の気持ちを書く習慣や、相手との言葉のやりとりが好きなのは、確実にこの経験があるからです。
30年に及ぶ私たちの交流は、私からの手紙で途絶えました。
あの世はどんなところですか?
その返事がもらえないのが、
とても辛く、受け入れがたい。
おじいちゃんもきっと、
私にあの世の感想が届かないことを、
残念に思っているでしょうね。
その手紙は、祖父とともに煙となって空高く消えていきました。
外国にいると、このように街を見て、過去を想起することがあまりないので、久しぶりに祖父のことをゆっくりと思い出すことができました。
お米を抱えて歩きながら感傷的になる。
梅雨のある日の出来事。
外国にいても、誇り高き日本人でありたい。