人間関係に悩んでしまうときは
- 2022年2月20日
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更新日:8月16日
駐在生活、11年。
その間に直面したのが「人間関係」の問題です。あなたは「人間関係」と聞いて、どのような人との関係を想像するでしょうか。
私には、3つありました。
1つは「駐在の人たち」、
2つ目は「現地の人たち」、
3つ目は「夫」
です。
今回は1つ目の「駐在妻同士の人間関係」についてお伝えします。
駐在妻となった29歳の私は「駐在妻」とひとくくりにされるのが、心底嫌でした。一つは「駐在妻は群れていて怖い」という勝手なイメージから、もう一つは「他の人と同じに見られたくない」という、とがった自尊心のためです。
しばらくは駐在妻の人たちと接触しないように「努力」しました。外国人留学生とつるんだり、日本人が極力少ないところに行くように努めたり。
しかし、子供が生まれてから、そのハリネズミのようにトゲトゲした心は、あえなく折られることとなります。
あまりにも孤独だったからです。
そして、駐在妻の人たちとの交流が始まりました。
彼女たちは、驚くほど多種多様な集まりでした。とがっていた私よりも、はるかに個性的で優しくて、度量の広い人たちでした。
一方で、「なんか合わないな」と感じる人もいました。そのどちらとも接しながら、ともかく孤独は癒されていきます。
しかし、多様な人たちの中で揉まれる「面倒くささ」も、正直感じていました。面倒くささの正体は「自分の心が他人にかき乱される」ことです。
あなたはどうでしょうか?
うらやましい、妬ましい。
なぜ、あの人はあんなことを言ったのか。
なぜ、私はあんなことを言ってしまったのか。
あの時、どうしたらよかったのか。
お互い日本語が通じるだけに、かえってあれやこれやと気を揉みます。
もし、同じように感じている方がいたら、このように考えてください。
相手の言動に、なぜ私が心をかき乱されているのだろう?
私の場合は「自分の言動に自信がないから」でした。相手の言うことに対して「あの人の言う通りかもしれない」「意見を言って嫌われたらどうしよう」。そんな気持ちが渦巻いて、疲れてしまうのです。
それは裏を返せば、「そうだね。でも、あなたはあなた。私は私。」と思えたら、相手の言動に気持ちを乱さずに済むということです。
そのためには、どうしたらいいでしょうか?
それは「自分の中に判断基準をしっかり持っておく」ことです。判断基準の中には、好き/嫌い、良い/悪い、快/不快、要/不要、など、たくさんの「価値観」が含まれています。
それが明確でないと、相手の言葉に、いちいち揺れてしまうのです。
もちろん、新しい意見を取り入れる余裕は持っておきたいですが、その余裕の土台は「自分自身」です。
自分自身の価値観をはっきりさせていくと、揺るがない自分ができていきます。それが「自信がある」状態なのです。
その自信があれば、どこで、どんな人と出会っても、大丈夫。
だって、私は私なのだから。