子供のことで、心が荒れる時は
- 2022年2月10日
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私には、8歳と4歳になる子供がいます。
子供を持って、1番手を焼いているのが「子供のことになると、急に視野や心が狭くなる自分」の扱いについてです。
駐在生活では、自分もさることながら、子供も環境が大きく変わります。住み慣れた土地や友人と離れ、言葉の通じない世界に放り込まれる、もしくは狭い日本人コミュニティーで気が合う合わないの人間関係に揉まれる。
その中で奮闘する子供たちの様子を見て、私は自分のこと以上に一喜一憂していました。
特に、子供たちが辛そうにしているのを見ると、「私の選択が間違っていたかも」と自分を責めたり、辛い原因に対する怒りが頭から離れないこともありました。
私は外国で過ごす子供たちの幸せを願いながら、自分の心がひどくすり減っていくのを感じていたのです。
今回は「駐在生活で子供と自分の関係」についてお伝えします。
結論から言うと「私たちは自分の人生を生きる」ということです。
私が子供に対して神経をすり減らしていたのは「こうあってほしいと願うことと、子供の現状が違う」ためでした。
例えば、「学校では言葉が通じなくても良い友人がいてほしい」と願いつつも、子供はなかなかそのような関係が作れない。「どんな環境の変化でも楽しんで欲しい」と思いつつ、子供は前の場所に帰りたいと泣いている。
親として、心が痛み、悲しみ、怒りさえ感じる時もあります。その根底にあるものはなんだろう?
もちろん、親心であり、深い愛情から来る感情です。
しかし、突き詰めていくと「私自身の心の逃げ場がない」という一言が出てきたのです。
「心の逃げ場」を言い換えると「私自身の居場所」です。
駐在生活が長くなり、家族を優先に考えているうちに、自分自身の夢や希望を考えなくなっていました。この生活が続くうちは、自分の未来ウンヌンは一旦脇に置くしかないと思っていたからです。
そして「子供の母親である私」が居場所になりました。その居場所が荒らされたとき、私の心は行き場を失い、子供とともに右往左往して疲れ果てていたのです。
もし、同じように感じている方がいたら、このように考えてください。
子供の幸せを願う気持ちは、本当に尊いものです。しかし、その子供のために、心を蝕むほど悩んでしまうのなら、それは自分の考え方を変える時が来ている。
なぜ、子供のことでこんなにも悩んでしまうのだろう?
その答えを、深く追求してみてください。答えの中に「自分」に対する何かが出てきたとき、その「自分」の願いを叶える方向に進んでみましょう。
それが「自分の人生を生きる」ということです。
「自分の居場所」を、自分の中に作る。
自分の未来を見ている時、彼らは彼らの人生を歩み、私は私の道を歩んでいると考えることができるはずです。
その土台の上に、では「私」が子供にできることはなんだろう、と考えてみる。
子供のすべてを背負っていた心の負担が、少し軽くなっていくのを感じてほしいと思います。