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家族の誰が知らなくても

7月28日
読了時間: 2分

更新日:8月7日

子供たちは長い夏休み。

アメリカでの「キャンプ」と言われる課外授業に参加するため、親は送迎に徹する。


課外授業の時間が違う2人を送り届けた後、日系スーパーに直行。切れかけのお米だけのはずが、あれもこれもとカートに入れていたら、時間が経っていた。


「もうお迎えの時間だ」


急いで車に乗り込むや否や、ぽつぽつと雨が降り出した。まもなく雨は激しさを増し、風まで吹いてきた。


車のワイパーは飛んでいきそうなスピードで左右に振れるが、見えない。


見えない。

前が、見えない!

怖い!

でも、子供たちが待ってる!


前屈みになりハンドルを抱え込むようにして、必死に運転すること30分。


お迎えの時間より早めに着いてホッとした。車から目の前のキャンプ会場まで、傘をさして歩いたが身体中がじっとりと濡れた。


「すっごい雨で、運転怖かったの!!」


どれだけ大変だったかを分からせようと、迎えた子供たちと共に会場のドアを開けた。


「ほうら…あれ?」


あれほどのストームは賞味30分で完全に過ぎ去っていた。子供たちはスタスタと車まで歩いて乗り込んだ。


その夜、夫が仕事から帰ってきてこう言った。


「昼間のストーム、すごかったらしいね。」


「そうなの!ほんとに目の前が見えなくて…」


「僕はオフィスにいたからわからないけど」


あの、死闘の30分をこの人たちは知らない。

室内にいて、外すら見ていない子供たちと、部屋の中から嵐を眺めていた夫には。


仕方ない。


でも、本当に大変だったんだ。怖かったんだ。頑張ったんだ。

無事に送迎できた自分を、本当に誇らしく思ったんだ。


それを心の底から労えるのは、おそらくあの30分間私の前と後ろを走っていた車の運転手だろう。あの人たちなら、絶対に分かってくれるはずなのに。


世の中のすべてのことは、きっとこんな感じなのだろう。



 
 

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