気分に波があって苦しい時は
- 2022年2月22日
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更新日:8月16日
11年という長い駐在生活の間に、何度も悩まされたのが「気分の波」です。
「なぜ自分だけが」という思いが、定期的に紛失するのです。この「なぜ自分だけが」の後には、大体決まった不安がくっついていました。
なぜ自分だけが、
仕事を辞めなくてはいけなかったのか。
子供の面倒を見ているのか。
家族のために、あくせくしているのか。
言葉の通じない国でいつも、ストレスを抱えているのか。
あなたは、どうでしょうか。
私はそのたびに家族に八つ当たりし、1人で涙する日もありました。友人と話したり出かけたりして、一時的に気が収まるものの、しばらくするとまた同じことの繰り返し。
これを繰り返すうちに感じたのは「ゴールがない」ということでした。
何故かと言うと、その根本原因が解決されていなかったからです。穴の中の火はまだくすぶっているままなのに、普段はそれを見ないように蓋をしている。でも火はついているから、しばらくすると煙がまた充満し、蓋の隙間からもくもくと出てくる。その煙が「気分の波」なのです。
私は毎回そのもくもくをどうにかして消そうと躍起になっている状態でした。しかし、その煙があまりにも吹き出して、どうにもならなくなったときに、ようやく気づいたのです。
私はこの煙を消すことに、一生を費やすのだろうか。
なぜなら、煙が出たり引っ込んだりしながら、既に10年も経っていたからです。この煙は応急処置じゃ消せないものなのだと思い知ったのです。煙の火元をちゃんと見てみよう。そう決心して、私はようやく硬く閉ざしていた蓋を開けました。
その火元は一見、
仕事をしたい。
自分でもお金を稼ぎたい。
早く子供の世話から解放されたい。
早く、言葉の通じる国で何でもできる自分に戻りたい…
それらが、燃料となっているようでした。
しかし、それらを取り除いたときのことを想像しても、火は消えなかったのです。なぜ?
それは、燃料の核となるものが「自分はこんなもんじゃないはずだ」という心の叫びだったからです。
自分の可能性をもっと広げたい。
もっと試したい。
もっと生かしたい。
でも、
自分には何ができるのか、何をしたいのかさえわからない。
その自分に対する希望と不満が「自分の波」を作り出し、目の前にある環境のせいにしていたというのが、煙の根本原因だったのです。
もし、今「気分の波」に悩んでいる人がいたら、このように考えてみてください。
「気分の波」の原因が解決されたら、もうその波は完全に来なくなるでしょうか?
もし、その答えがノーだったら、火元はもっと奥のほうに隠れています。もしかすると、目先の不自由さのせいではなく、自分自身に対する希望が燃料になっている可能性があります。
その希望は、早く見つけてほしいと、叫んではいないでしょうか?