駐在妻は動きたくても動けないんだよ
- 2024年1月8日
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更新日:8月9日
言葉がわからない外国で、私は「外に出なければ」という前のめりの気持ちと、「外に出るのが怖い」という怖気づく気持ちの間で、いつも葛藤していた。
外に出たら、いつもの私じゃなくなる。
快活に言葉を発する私ではなく、的外れな会話をして、相手の困惑した顔を見ないように、下を向くだけ。
せっかく外国にいるのだから、日本人だけで固まって過ごしていたら、言葉の上達もままならない。
そう思って人を避けているうちに、外に出かけるのさえ億劫になって、日本人どころか、人と話すこと自体なくなった。
そしてまた、私は焦る。
何もできずに、1日が終わってしまった、と。
日本では、仕事をしている自分は、結構周りから褒められたり、頼られたりしていたんだよ。ちゃんと仕事ができる能力があるんだよ。
そう叫びたいけど、今は家の中で、
何者でもない、私。
日本での栄光は何の役にも立たない。
重い腰を上げて、語学学校に行ったり、現地の習い事をしてみたり、あちこち飛び回る私もいた。
でも、ふと思う。何のためにやっているのだろう。私が本当にやりたい事は、これなのだろうか。これが将来、何かにつながるのだろうか。
そして私は、長い時間をかけて少しずつ自分の存在が薄れていくのを感じた。私は一体、どうなっていくのだろう。もうどうでもいいような、このままじゃいけないような。
それでもいつか、私は何者かになれるだろうと希望を持ちながら、いつまでもその時はやってこなかった。
駐在妻となった私は、周りから見れば幸せなのだろう。家族がいて、海外生活を謳歌して、お金を使って旅行して、現地の人たちと交流して、充実した毎日。
実際は、家の中でじっと自分の心を覗き込んでは、ため息をついているだけなのに。
駐在妻は、動きたくても動けない。
動いていても、立ち止まる時が来る。
あなたが動けないなら、私が動く。
タメ口ラジオもメールコーチングも、あなたはパソコンの前にいればいいだけ。
それだけで、あなたはいずれ、元気に動けるようになる。心が動き、体が動き、あなたの未来が動く。
そのために、私がいます。