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一時帰国から立ち直るまで

7月25日
読了時間: 1分

更新日:8月7日

一時帰国からアメリカに戻って2週間弱が過ぎた。

ようやく私の心に平穏が戻ってきたようだ。


アメリカ到着後、夫は即仕事に取り掛かり、子供たちは数日後には宿題を少しずつ始めたり、習い事を再開したりして、私より早く日常を取り戻したように見える。


じゃあ、私は何をしていたかというと、

傍目には、誰よりも「何もしていなかった」。


時差ボケで昼夜逆転の生活でも、何にも影響しなかったから。


でも、それは正しくない。


規則正しくつかれる餅は家族。

その餅が、満遍なく、順調に餅となれるようにする「合いの手」が私。


ぺったん、ぺったんの間に差し込まれる、

ともすれば振り下ろされる杵に当たりそうな、

あの「合いの手」。


合いの手は、なくても、餅はできるのかもしれないけれど、

なければ、やっぱり、一部だけが杵につかれ続けたり、臼や杵に餅がくっついたりして

きっと何かが滞る。だから、「合いの手」はとても大切。


私は、大事な「合いの手」。


家族全員がそれぞれの日常を取り戻したのなら、

それは私の「合いの手」があったから。


そう思えるようになったのが、私自身の心に平穏が戻った合図。

 
 

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