あの時の私へ④
2024年刊行『駐在妻をあなどるなかれ』の一節と、あの時の自分へ、今の私から綴る言葉。
ーいくら頑張っても1時間ぐらいしか時計の針は進みません。また私は焦ってきました。「これでは時間がつぶせない」日本にいるときから趣味がない私は、仕事以外にのめり込めるものがありませんでした。
1日のほとんどを職場で過ごしていた7年間は、そのことをあまり意識せずにすんでいたのです。しかし仕事を辞めた今、それが災いして、韓国で「やってみよう」と思えるものがなかなか思いつきません。
『駐在妻をあなどるなかれ』本文より
【あの時の私へ】
ありあまる時間と戦っている。
そのひと言を口にするのが怖かった。
世の中にはタイパという言葉が流行るほどに
みんな時間に追われている。
それなのに、私は遅々として進まない時計の針を見ながら
「早く今日が終わってほしい」
と願ってしまうのだから。
時間があることが、贅沢で、自由で、豊かなのだという
刷り込みが私を追い詰めたんだった。
時間だけがあっても、
その時間をこれに使いたいという希望がなければ、
「時間」は重荷になることを知ったね。
それを知っているのは、今となっては大事なこと。
人が苦しいと感じることの中には、
その人にしかわからない苦しさがあって、
その苦しさの中には、
「周りから見たらこれは苦しさに含まれないのだろう」
という、自分を責める歪んだ客観性があることを知ったから。
自分の苦しさを
それは苦しさではないと言われることほど、
苦しいことはないよ。