屈辱を知っているのが海外経験者2025年6月27日読了時間: 1分語学の壁は語学が分からないことよりも分からないゆえに生じる屈辱感ではないだろうか。笑われたりからかわれたり憐れむように見られたり子供のように扱われたりそれでも私たちは日々の暮らしを営んでこの地で過ごしていかなくてはいけない。その屈辱感を味わいながら家庭を支えている経験こそが「海外経験者」なのだとおもう。
何をしても、していなくても駐在妻として過ごした1年。 何かを成し遂げられただろうか? そんなふうに考えると 何もできていないような気持ちになる。 駐在妻の自分の1年は 意味なく過ぎていく気がして 年末には 空虚感に苛まれたこともあった。 でも 何をしても 何をしていなくても 私の感情は ひっきりなしに動き続けた。 それが「生きる」ということ。 それに気づけてよかった。
家族と自分の間の線引き駐在妻は、家族を持っている。 その家族の言動で 私たちの心が 振り回されることもある。 喜びにも、悲しみにも 楽しみにも、怒りにも 家族のことを考えていると そこに引きずられて 自分のことを脇に置いてしまう。 家族と自分の間に 線を引けないと つらいんだよね。
機嫌が良ければいいのに駐在妻になって 機嫌よくいられる時が少なくなった。 家の外でも中でも 何かしら、心を乱すことがあって それがもう 何のせいなのかわからないから 目の前の出来事に 突発的に大きく反応してしまう。 機嫌よくいたい。 機嫌が良ければ いつもの自分でいられるのに。